詩というと、俳句、現代なら広告のポエムを思い浮かべる人が多いと思う。けど、言語人類学という学問では「詩学(ポエティクス)」は重要で、その中心に位置づけられるのがローマン・ヤコブソンが提唱した詩的機能(poetic function)だ。ごく単純にいうと、ヤコブソンのいう詩的機能とは「反復」を原理とする。すなわち、繰り返しによってメッセージが生成・強調されるメカニズムが詩的機能と呼ばれる。
実は、この詩的機能はヤコブソンが提唱した言語の6機能のひとつで、中心的な役割をはたしている。これらの機能はあくまで言語の機能的なはたらきの重層性を示していて、そのためここでいう機能は指標性である。
詩的機能の定義
ヤコブソンは詩的機能をこう定義した。
等価の原理を選択の軸から結合の軸に投射する
Jakobson (1960: 358)
The poetic function projects the principle of equivalence from the axis of selection into the axis of combination
ソシュールのことばで言い換えると、詩的機能とは、なんらかの類似的なカテゴリーである「範列(paradigm)」が、連続的な記号として生成する「連辞(syntagm)」に投射される現象である(浅井 2017: 40)。
俳句などに典型的な韻文は、日常的に用いられる散文とは異なり、俳句の季語や音韻的なリズムなど形式的な表象を浮き彫り立たせるため、顕著に詩的機能がはたらいている一例といえる。
この詩的機能の一例に、ヤコブソンが挙げたのが1952年アメリカ大統領選挙にて大統領となったドワイト・D・アイゼンハワー(通称、Ike’)の選挙スローガン“I like Ike //ay layk ayk//”であった(ヤコブソン 2015[1960]: 194-195)。“I like Ike”は、三つの語彙、三つの二重母音 //ay//、母音に続く子音音素 //…I…k…k//がシンメトリカルに続く。脚韻を踏む“like //layk//”と“Ike //ayk//”のうち、“Ike”は“like”のなかに完全に含まれ、また最初の“I //ay//”も二番目の“like //layk//”に含まれている。“I like Ike”は、こだま的な脚韻だけでなく、意味的にも愛されている対象(アイゼンハワー)が「包まれる」という類音法的イメージをも喚起している。
ほかにも、コロナ禍で叫ばれた「自助・共助・公助」における三つの「助(//jo//)」も詩的機能が発揮されている例だ。詩的機能に着目することで政治スローガンをはじめとした印象と効果を発揮するメカニズムの一端が読み解ける。
人類学的にも大きなテーマとされる儀礼も詩学と密接に結びついて説明できる。儀礼とは「相互行為の詩」とも言われ、なんらかの言及や行為を繰り返し、ある社会空間に生きる人々に特有の「意識」を儀礼へと焦点化させる。儀礼が社会的・集団的に影響力を持つメカニズムの一端がこれだ。
詩的機能はごく単純に定義されているけども、考えると意外に奥が深い。ここでは詳述しないが、詩的機能は、反復を原理に、並行性・対称性・対照性によって社会的に認知される記号を強調・生成し、それらの型や傾向をまとめあげる統制力を持つ(榎本 2019: 41-42)。つまり、「型」に宿る社会的な力関係を読み解くことも詩学の射程であるわけだ。先ほどの、アイゼンハワー大統領の選挙スローガンにて詩的で巧みに使われた“I like Ike”はまさにそれを示している。
参考文献
浅井優一(2017)『儀礼のセミオティクス メラネシア・フィジーにおける神話/詩的テクストの言語人類学的研究』三元社
榎本剛士(2019)『学校英語教育のコミュニケーション論 「教室で英語を学ぶ」ことの教育言語人類学試論』大阪大学出版会
ロマン・ヤコブソン、桑野隆・朝妻恵理子 編訳(2015)『ヤコブソン・セレクション』平凡社
Jakobson, Roman (1960). Closing statement: Linguistics and poetics. In Sebeok, Thomas A. (Eds.) Style in Language, pp. 350-377. Cambridge: MIT Press.