批判理論から批判的言語学(CL)へ 今回は直接触れないが、批判的言語学はもともと哲学の一分野としてドイツのフランクフルト学派という研究者グループが呼称していた批判理論というものから極めて意識的に名前をつけられた((Kress,1990,88➡’Critical Discourse Analysis’ Annual Review of Applied Linguistics,11: 84-97))。 1970年代は多くの言語学的研究が生成文法に代表されるような言語の形式的な側面に焦点を当てたものだった。 その他の分野としても社会言語学といった研究分野もあるが、あくまで研究になるのは言語が異なることによるスタイルといったヴァリエーションやコミュニケーションがいかになされているかといったことの記述や説明に研究の目的があったと。 そうした中で登場したのが社会における権力や不平等の問題を取り上げる批判的言語学だった。
批判的言語学(CL)から批判的談話分析(CDA)へ
2つをまとめて定義した文章がある。
CLとCDAは、言語の中に現れた支配、差別、権力、そして管理という目に見えるだけでなく、不透明な構造上の関係性を分析することに大きく関わる研究、と定義することができるだろう。((『批判的談話分析入門:P11』))
というように、CLとCDAは基本的には同じ目的を持って生まれた研究だ。 細かな違いはあるが、文献も膨大にあるようでまだ追いきれていないのでここでは割愛。 すでに批判的言語学が1970年代に登場したように研究を行う素地はできていた。 そこで、1991年1月にアムステルダムで開催されたシンポジウムにTeun van Dijk(ヴァンデイク)、Norman Fairclough(フェアクラフ)、Gunther Kress(クレス)、Theo van Leeuwen(ヴァンレーヴェン)、そしてRuth Wodak(ルート・ヴォダック)らといった主要研究メンバーが2日間を共に過ごし、CAの理論と方法論について議論する機会が設けられたのだった。 このシンポジウムがきっかけで組織的な研究が開始されたとされている。
批判的談話分析(CDA)から批判的談話研究(CDS)へ
この語を意識的に用いているのは特に認知的な側面を考慮に入れながら研究するヴァンデイクだ。CDAには決まった方法論があるわけではなく、社会的な不平等を取り除くためにテクスト分析を通してそれらに別の読みの可能性を提示するといった一連の「態度」を共通して持つものがCDAだとされてきた。しかし、そうした学問的なあいまいさ故に批判や誤解が起こってきた。CDAの課題を克服するためにも、また複雑なものを複雑なものとして受け止めるCDAだからこそ学際的な研究が必要だとされている。そうした状況を説明しながらヴァンデイクはこのように述べている。
Hence, I recommend to use the term Critical Discourse Studies for the theories, methods, analyses, applications and other practices of critical discourse analysis, and to forget about the confusing term “CDA.” So, please, no more “I am going to apply CDA” because it does not make sense. Do critical discourse analysis by formulating critical goals, and then explain by what specific explicit methods you want to realize it.
引用:’CDA is NOT a method of critical discourse analysis’
こうしたヴァンデイクの提案に対し、深刻に受け止めるとして『批判的談話分析入門』の原版でその第3版(出版は2015年)は“Methods of Critical Discourse Studies”と名称を変更するようになった。
まとめ
まだまだ統一的にCDSという名称が用いられているわけではないが、こうしたヴァンデイクの意見には基本的に賛同したため当サイトでもCDAではなくCDSと記述するようにしている。
実際、CDSが目指す領域はとても広く“Analysis”ではやや言語学に寄った名称であることに比べれば“Studies”とした方がより的確に表しているように思う。
認知的な側面を重視するヴァンデイクだからこその提案だとも思うが、一つの方法論に依拠することなくあくまで社会的な不平等などを是正しようとする態度を共有し、学際的な研究が推奨されていることを鑑みると妥当なのではないかと。好みもあるかもしれないが当サイトではCDSと表記したいと思う。