ども! 青山俊之です。この1年間くらい、ゲンロンで働き続けながら「博論を書きます/書いてます」と言い続けてきました。いま、ほんとに書いています。
いつも機会は思わぬところからやってきます。今回は、ゲンロン社長の上田さんから「青山くん合ってるんじゃない?」と声をかけられたことがきっかけで、ゲンロンカフェのトークイベント「『ロシアの辺境』、ジョージア文学の闘い方──文学研究のミライ」に出演します。
日時は、6月29日(木)の19時から! 動画配信プラットフォーム「シラス」のオンライン配信限定のイベントです。YouTubeでも冒頭30分ほどの無料配信をする予定とのこと。
ぼくはあくまで聞き手で、お迎えするのは東京大学で助教を今年度から務め始めた五月女颯さんです。五月女さんは、文学研究、特にジョージア近代文学と環境批評がご専門で、2011~12年と2016~17年にかけてジョージア・トビリシにも留学。ラグビーW杯などでジョージア語通訳者としても活動されています。
五月女さんが最近ご出版されたのが『ジョージア近代文学のポストコロニアル・環境批評』(成文社、2023年)で、これをきっかけに今回のイベントが決まりました。ジョージアは黒海とカスピ海の間、そしてロシアとトルコなどに挟まれた位置にある国家で、ワインと大使のTwitterが有名です。ジョージアがロシアから独立したのが1991年で、ロシアとの関係も深く、今回のトークイベントも19世紀におけるジョージアとロシアとの関係に影響を受けた文学や作家が話題になります。イベントでは、ジョージアの言語、宗教、文化から五月女さんのご研究まで、ざっくばらんにお聞きします。
さて、ただ話を聞いてもと思うので、いろいろ突っ込んだ話もできたらなと思っています。具体的には、ジョージアに関してはぼくが専門としている言語人類学の観点から、文学研究(環境批評)についてはぼくの研究テーマ「自己責任」の観点から話題を振りつつ、五月女さんと思い切って「学問のミライ」について考えるようなトークイベントにしたいのです。
ぶっちゃけ、博論の初稿提出一週間前のイベント日となってしまったので、ジョージア素人であるぼくなりの貢献ができるとしたら、まぁこういう切り口かなという感じなのですが……。とはいえ! 下記のイベント概要に書いたように、五月女さんが論じられている宮沢賢治の童話『なめとこ山の熊』やそこで話題にされている動植物の語る「犠牲」は、責任という名の倫理を研究してきたぼくのこれまでの関心とも重なります。楽しみにしながら、せっせとがんばって博論を書くとします。ではでは。
イベントの概要
ゲンロン・カフェ開業10周年を記念して誕生した、若手研究者を応援する新シリーズ「学問のミライ」第3弾!
今回のゲストは、ジョージア近代文学と批評理論(特に環境批評)がご専門の五月女颯さんです。五月女さんは、東京大学大学院人文社会系研究科の助教を務め、研究のほか、通訳者としてラグビーW杯ジョージア代表チームに帯同するなど幅広く活躍されています。
南コーカサス地方に属するジョージアは、北にロシア、南にアルメニア、東にアゼルバイジャン、西にトルコが位置します。多様な民族、言語、宗教、天然資源が分布し、紛争も相次いだ南コーカサス地方は国際関係の十字路とも呼ばれる重要な地域です。一方、自らを「ヨーロッパ人」とも呼びがちなジョージア人。いったい、ジョージアにはどのような政治文化が編み込まれてきたのでしょうか?
イベントの前半では、初見でも楽しめるジョージアの文化・言語・地政についてご紹介します。研究者であり通訳者でもある五月女さんならではの視点で、ジョージアの豆知識も紹介していただく予定です。
後半では、五月女さんの著書『ジョージア近代文学のポストコロニアル・環境批評』(成文社、2023年)を題材に、ジョージア近代文学と環境批評についてお聞きします。この著作では、ロシアの支配による変容を迫られた19世紀ジョージアにて、その植民地支配からの脱却を求めた作家や、ジョージアのローカルな神話から動植物である「自然」が語る声が読み解かれています。そのなかでも特色的なのは、宮沢賢治の童話『なめとこ山の熊』とジョージアで著名な詩人による創作『蛇を食う者』が比較され、人間と自然の対等的な関係が論じられている点です。イベントでは、著書の概要に加え、宮沢賢治の『なめとこ山の熊』を中心に動植物が自らを犠牲にする物語、それらが人間に語りかける憐れみを読み解いた五月女さんの環境批評的な読解についてお聞きします。
聞き手を務めるのは、ゲンロン編集部の青山俊之です。青山は、ことばとその歴史・社会文化的な文脈を読み解く言語人類学や社会記号論を中心に研究を行ってきました。そのため、ジョージアに精通しているわけではありませんが、意外なほど五月女さんの研究に「近しさ」を感じています。ことばに刻まれる「文化」、ことばとして書かれる「自然」、「自然」が語る人間・文化を模した擬人法。イベントでは、五月女さんの著作やジョージア社会を中心に文化と自然のダイナミクスを読み解き、「人間」を、あるいは「日本(語)」を比較しながらわたしたちが生きる歴史・社会文化、そして自然環境について考えます。
ジョージア近代文学と環境批評の未来、そこから垣間見えるわたしたちの(ぶっちゃけた)未来についても、ふまじめにまじめに、まじめにふまじめにお話できればと思います。
学問のミライ#3, イベントページ